新卒で会社を選ぶときに大切なこと

はじめに

私は新卒でNTT-ATという会社に入社したのだが、それは贔屓目に見ても大失敗だった。
私の失敗を今の若者たちに繰り返してほしくはない。
そういう気持ちでこの記事を書こうと決心した。
私が考える理想の生き方と、どうしたらそういう生き方を許してくれる会社と出会えるのか
今まで苦しみ抜いて考えて得られた成果を、今から就職活動を始める若者たちへ伝えることができたらと思う。
幸い、今はそういう会社で仕事ができている。この業界では有名な会社だ。
これまで苦しいことはあったが、今の会社では良い人達と仕事ができている
挑戦もできるし、スキルがとてつもない速さで身につく、
そしてなにより、それを会社が求めてくれる。
今の幸福を多くの若者達に早い段階で味わってほしい。
私が、苦しい中でも諦めずに考え、ようやく得た知見を若者たちに伝えたい。

羨ましいことに今の就職市場は売り手市場だ。
そういう時代にこそ、自分の考えで会社を選ぶことができる。
最初の会社というのはとても大切だ。
だからこそ、よく考え、目先の利益を優先せずに本当に価値のある会社に入社してほしい。
そして私にできなかった人生を歩んでほしい。

私は最初の会社で失敗してしまったことで、うつ病になり、多くの代償を支払った。
結婚して子供を持ち、家庭を築くようなことは今からではなかなか難しい。
もしそういうことをしようとすると、精神的負荷に耐えられないだろう。
仕事に打ち込むことが、今の精一杯である。

今の若者たちは未来を担う大事な存在である。
その若者の子どもたちも当然、かけがえのないものに違いない。
だからこそ、そういう代償を払ってほしくはないというのが私の願いである。

仕事に生きる喜びを見つけよ

よくある言い回しに人間を二種類に分けるというのがある。
仕事に対する価値観も大きく二種類に分けることができる。
ひとつの価値観は「人生において仕事より大切なものがある」という考え方
そしてももう一つが「人生において仕事よりも大切なものなどない」という考え方
前者は人が仕事を辞めるときに口に出し、後者は人が仕事に就くとき(例えば面接)に口に出すが、
私は仕事を辞めるときも仕事に就くときも後者を力説し、今もそれを信じている。

今の若者たちには私が信じる「人生で最も大切なことを仕事にする」ということを伝えたい。

私の最も大切なことというのはITのスペシャリストになることなのだが、
きっと今の若者にも、夢とか目標があるハズである。
そして気づいていると思うが、多くの場合それを仕事にすることができなければ叶うことはない。
アーティストやスポーツ選手は確かに途中で諦めるということもあるだろうが、人の夢というのは人の数だけあって良い。
会計士のようなつまらない仕事に対して夢を抱くことは恥ずかしいことではない。
私はプログラミングに夢をいだき、カッコ悪いけれど、それを仕事にしても良いのだ。

これからの時代はそういう生き方こそ求められるようになる。
なぜなら、これからの時代は情熱がないと生きて行けないからである。

現代社会はすでにものにあふれている。AIが仕事を奪うという話もある。
これからの未来、生きるために仕事をするという生き方はなくなると私は考えている。
AIは確かに仕事を奪うだろう。
特にマニュアル化できるような単純労働がAIに置き換わるのはそう遠くない話だと思う。
しかし、絶対にAIに真似ができない仕事がある。
よく私はAIに置き換えることのできる仕事とそうでない仕事を説明するときに医療の話をする。
健康診断や病気の診断はAIに置き換えることができる。
しかし、新しい病の発見、新しい治療方法の模索は絶対にAIに置き換えることはできない。
今後の社会では新しい何かを作り上げる仕事への付加価値が益々高くなるだろうと予測している。
AIはそれを真似することができない
それに、AIや機械学習の論文は多くが公開されているため、簡単に真似ができるというのもある。
多くの企業に真似できるということは、競争が激化し薄利多売になるということだ。
半端な仕事をしている弁護士や医師は危うい

AIに新しい仕事を教えることは人間にしかできない。
将来、人はより新しい、クリエイティブな仕事に頭を集中させることになる。
たとえば、新しい治療法の発見だったり、新しい法律にたいする議論であったり。
それには必ず高度な専門性とそれを身につける情熱が必要なのである。

人間に許されるのは世の中に前例のないものを作り上げることだけという時代は残酷なほどに合理的にも見える。
夢に向かうための本を読んだり、議論したりすることにひとは人生を集中させることになるだろう。
決して不幸なことではない。不幸なのは中途半端に夢を捨ててしまった人々である。
心の底から夢を追う人と会社の命令で夢を押し付けられた人ではポテンシャルが違う。
競争の中で無理を強いられることになる。
反面、情熱を持てる人材は高い市場価値を持つことになる。

今の若者達にはそういう人材になってほしい。

そのために今自分が持っている夢を安々と捨てないでほしい
現在高い地位に有る老害の時代には夢は捨てるものであったかもしれない。
それはマニュアル化した単純労働を人間が行う必要があったためである。
しかし、これからはそういう時代ではない。そういう働き方は淘汰される時代である。

今の夢や情熱を仕事に繋げれるよう努力を惜しまない生き方を貫いてほしい。
その生き方は必ず理解される日が来る。

無意味な苦しみと洗脳から逃げよ

私が新卒で入社したNTT-ATという会社では、少なくとも私に対しては仕事の適性を無視した配属が行われていた。
また、それに対して上司からは「諦めろ」という説得と洗脳が行われていた。
そういう不合理で無意味な苦しみを野放しにする会社で仕事をしてはいけない。

これは私の3年間の忍耐の末、出た結論である。詳しくは以前の記事を読んでほしい
決してなんの根拠もなくこれを言っているわけではないと理解するはずだ。

社員をうつ病にしておいてなんの対策もできない会社というのは多い
NTT-ATでは配属部署で起きていたパワハラのような状態を放置し、部署異動という対策を講じることができなかった。
これには様々な事情があると思うが、その一番の原因は風通しの悪さにある。
柔軟で円滑なコミニケーションが無いということは、組織内での人員異動も柔軟に行えていない場合が多い
特に、うつ病という緊急性の高い状態になった時、その柔軟性はすぐに発揮されないといけないのだが、
風通しの悪い会社ではそうしたことはできない。
長い歴史の中で、人事権が乱用され、完全に会社のものになってしまっていることもある。
そうした場合、根拠のない軋轢のために、柔軟な対応が行われず、社員の健康状態が犠牲になることも多い。

最終的に、犠牲になるのは社員の健康なのである。
うつ病という病気は恐ろしい病気で、私でも治療には2年近くかかった。
多くの人は3年5年と治療を続けるそうだ。今の若者達にそうした時間の使い方をしてほしくはない。
風通しの悪さなど組織上の問題を抱えている会社は多く、その問題を社員に押しつけているのが現状である。
そうした会社に新卒で入社すると、無理を強いられる可能性が高い。
私はそういう状態になるくらいなら、転職したほうが良いと考える。
なぜなら、うつ病になったとき会社はまったく救ってはくれない。
ひどいところだと鬱切りが行われる場合もある。

そういう理不尽を当たり前だと、多くの社員が受け入れてる
「諦めろ」と洗脳のように言われてきた結果である。 理不尽には「おかしい」と言える会社こそ、あるべき姿だ。
そうでなければ時代の変化に対応できない
しかし、「おかしい」と言ってもそれを受け入れない会社もある。

その原因は私の経験では当事者意識の欠如にあると考えている。
わかりやすく言うと事なかれ主義のもっとひどいやつである。
「会社が失敗しようと、若手がうつ病になろうと自分には関係ない 」 そう考えている人間が多数を占めていると、何を言っても暖簾に腕押しである。

彼らは会社の状態が悪くなっても自分は安泰だと考えている。
仕事での成功が自分の成功だと考えられないのである。
私の以前いた会社は子会社でなおかつ役職者の殆どが本体から出向してきた人間である
事なかれ主義が悪化してしまう原因は会社の体質そのものにあったのかもしれない
(ここ文章は、私の憶測が多分に含まれているので、特定の会社の実態だと誤解しないでほしい
事実はある会社で私がそう感じたという部分だけである
断言していないことを読み手は注意してほしい)

言いたいのは会社で疲弊するくらいなら、辞めてしまったほうがずっとマシである。 ということ 今の時代、第二新卒を欲しがる会社は多い、過小評価されるリスクもない。
「仕事を教えてもらったのに気が引ける」なんて思う必要はない。
それよりもそのやり方は今の時代には通用しないと会社に教えることのほうが会社の利益である。
若者を使い捨てても許されるような時代ではないということを
会社に教えることこそが最後の恩返しとも言えるだろう
会社に対して不都合なことを指摘できる社員は貴重だ

将来を背負う若者たちをうつ病で潰してしまうような会社は
世の中に対して損失を出していると言っても過言ではない。
そういう会社は効率が悪く、ゆくゆくは淘汰される運命にある。

おすすめなのは、1年ぐらい仕事のやり方だけ覚えて
なるべく資格を取ってからが良い。
転職市場では努力できる人間だと評価されるだろう。

常に片手に転職切符を持て

シャープや東芝東京電力、安泰と言われていた大企業が傾くことは珍しいことではなくなった 。 人員削減、リストラのニュースはもはや日常になってしまった。 今の時代、会社にぶら下がろうとすることはリスクでしかない 。 ぶら下がっていると筋力が落ち、自分の力で歩けなくなるのだ。
だから常に自分がいま転職したとすると、どのような評価を受けるか考える癖をつけてほしい

会社が傾いたり、会社に切り捨てられる状況に備えることが、最もリスクが少ない
なにも転職しろと言っているわけではない。むしろ、転職できる人材を会社はリストラしない

会社が切り捨てたいのは他社も欲しがらないような人材である。
例えば戦略に失敗して勝ち目の無い事業、縮小したい事業に専門性を持つ社員や
すでに時代遅れになった技術しか持たない技術者なんかである。 彼らは会社の荷物でしかないし、将来的に価値のある人材にも育てることができない
こういう人材になってはいけない

だれも好きでこんな状態になるわけではない、
会社に忠義を尽くした結果そうなるのだ。 配属先が希望しない部署であるというのは、それだけ不幸なことなのである。
やはり、キャリアの主導権は社員が持つべきである。
会社の失敗を社員が取るようなやり方はいびつだ。

では、どうしたら主導権を握れるか?
転職しかない。残念ながら大抵の会社の人事制度は社内政治の道具になっており、
正常に機能することは期待できない。異動でどうこうというのは、
かえって信頼してくれた人たちに迷惑がかかるかもしれない
(私の場合はそういう状況になってしまったので、注意してほしい
会社の薄情さを知るには貴重な機会だったので、
夢から覚めることができた彼らは幸福なのかもしれない)

転職は社員に取って唯一残された手段だ。
社員だって好きで転職するやつはいない。
私もそうだし、貴方もきっとそうだろう。

だからと言って、会社を信頼し、自分のキャリアに
とんでもない負債を抱えてしまうのはお人好しが過ぎる。
あなたは何度も会社が保身やただのプライドのために
社員を裏切る姿を目にしてきたはずである。
会社はあなたを助けてはくれない

だから貴方は常に自分の足で歩く準備をしておく必要がある。それが転職である。 貴方は無意味な配置転換や残業手当を与えないための昇進、
無謀な経営戦略と人員配置、そんな会社の失敗のために人生を犠牲にされないための一つの手段として
転職できる体制を作っておかなくてはいけない。

それは同時に会社の戦略の合理性を理解し、他社と比較することでもある。
今あなたはまだ若く、会社の経営に対して当事者意識をもてと言われても難しいと思う。
だからまずは自分自身の人生の当事者となって欲しい。
転職という手段を持つことは、人生の当事者として責任を持たということでもある。

その積み重ねが会社の戦略の誤りを指摘し、当事者として会社に尽くすことに繋がる。
あなたが本当に優秀な人材として社会の役に立ちたいのなら、
転職という手段は間違っていない。